参拝は「心を整える」ということ

神社に参拝する。
それは単に「お祈りをしに行く」行為ではありません。
本当の意味での参拝とは、「神様の御前に自分の心を整えに行く」ことです。
つまり神様に“向かう”より前に、まず“自分を清める”時間といえるでしょう。
参拝で大切なのは、作法よりも「想い」です。
神様の御前では、どれほど丁寧で礼儀を守った所作よりも、心のあり方がすべてです。
表面では拝んでいても、心の中で不平や愚痴を抱えていては、せっかく神様に挨拶してもその光は人間流れてきません。
では、どんな心で参拝すればよいのでしょうか。
まず一つは、「誠」の心。
神様の前では飾りも嘘・偽りも通じません。
素直に、自分の弱さも迷いもそのまま差し出すことです。
「うまくいきません」「どうすればいいかわかりません」。そして心静かに神様の声を待つ―そんな謙虚な心が、真の祈りになります。
もう一つは「感謝の心」。
人は困ったとき神様に願いをかけますが、本当の参拝は“お願い”よりも“感謝・お礼”です。
どんな不満があっても「今、生きている自分」がいる。
それは神様の御守護のおかげです。
そこから、悩み、苦しみだけでなく、喜びも愛も
今日まで生かされてきたこと、家族がいること、働ける場所があること。そうした日々の恵みに「ありがとうございます」と手を合わせる人には、さらなる神光が注がれます。
そしてもう一つ。それが「勇ましい心」です。これは何も喧嘩っ早くなれ、と言っているのではありません。
神様は明るく前向きな心を喜ばれます。悲観的な言葉や弱音は光の届く道を曇らせてしまうからです。たとえ困難な状況でも「きっと大丈夫」「自分にできることをやろう」と思えた瞬間、神様との距離が縮まり、両者の霊線は太く、強くなります。
参拝とは、神様に「何かをしてもらう」ために行くのではなく「自分がどうあるか」を確かめに行く時間です。
参拝の意味を心に留めておくと、たとえ短い時間でも深い学び、気づきが得られるでしょう。