神癒の業とは

神癒の業は、幸福を生みだす救いの業

こんなとき「神癒の業」が力になります

健康になりたいとき

身体的な疾患から心の病気まで、現代ほど病気が多い時代はありません。医学がめざましく進歩しているにも関わらず、病気は減るどころかかえって増えています。また、新しい病気や感染症も次々と発生しており、私たちはいつも病気への不安を抱えています。
薬やワクチンの副作用や食品の安全性も問題視されている中、人間本来の自然治癒力を活用する「神癒の業」こそ、医薬に頼らない真の健康法として力を発揮します。

暮らしを豊かにしたいとき

長引く不景気と世界的な経済不況により、企業の業績悪化や倒産、それに伴う突然のリストラや失業、就職難、給料ダウンが日常茶飯事の世の中になりました。
収入は不安定で、働く意欲を失い、借金による自殺者も増加しています。また、予期せぬ怪我や病気で、いつ就業困難になるとも限らず、私たちは常に不安と隣り合わせです。
今こそ、心身を充実させて問題解決能力を高める「神癒の業」の力が必要とされています。

人間関係を良好にしたいとき

私たちの身のまわりには、人間関係の悩みが尽きません。親子、夫婦、親族、恋人、仕事、知人、近所づきあいなど、身近な人との争いはもとより、国家レベルの紛争・戦争まで、問題が絶えません。
最近では、幼児虐待、いじめ、不登校、家庭内暴力、凄惨な殺人事件も多く発生しており、心がすさんでしまった人も増える一方です。
争いごとやトラブルの悩みをなくし、穏やかで愛のある人間関係づくりに「神癒の業」が力を発揮します。

なぜ、あなたに苦しみが起きるのか

あらゆる出来事の元は「霊界」にある

私たちを襲う不幸や災難は、ある日突然やってくるものだと思うかもしれません。
しかし、実際はそうではなく、その不幸災難の元となる「本当の原因」が私たちの目に見えない世界に存在しています。
実は、私たちの目に見える世界は「氷山の一角」に過ぎません。氷山というのは、水面から出ている部分は全体のわずか5%程度。残りの95%は水面下にあって見えませんが、氷山の安定や進行など、その本質を担っています。これは宇宙の絶対法則であり、氷山に限った話ではありません。

宇宙は、目に見える物質世界(現界)と、目に見えない精神世界(霊界)とで成り立っています。同じように、人間も目に見える「体」と、見えない「魂」とで成り立っています。そして、宇宙も人間も、「目に見える世界」は全体のほんのわずかでしかなく、「目に見えない世界」が圧倒的に全体を支配しています。

このように、私たちの人生(現界での生活)に起きる出来事の95%は、私たちの魂(霊界)の影響を受けているわけです。すなわち、「魂」の状態の善し悪しが、私たちの運命や人生の幸不幸を左右しているのです。

一切の苦しみは浄化作用

私たちの幸福や不幸は、魂の状態によって決まります。魂が清らかなら、気(運気)が良くなり、健康で仕事や人間関係も順調に運ぶようになります。ところが、魂に曇り(罪や穢れ)が増えてくると、運気が悪くなっていきます。そして、魂の曇りがある程度溜まってくると、健康や日々の生活に支障が出るので、曇りを掃除しようとする「浄化作用」が発生してきます。
この浄化作用には、痛みや苦しみが伴います。それが、病気、金銭的な苦しみ(貧しさ)、仕事や人間関係のもつれ、事故や災難などとなって現われます。つまり、一切の苦しみ(不幸や災難)は浄化作用なのです。神道では、これを「禊(みそぎ)」といいます。
浄化作用は、魂の曇りを清浄化しようと働く自然法則ですから、魂に曇りがある限り、浄化作用を避けることはできません。また、浄化作用の大きさは魂の曇りの量に比例します。ですから、魂の曇りが多いほど大きな苦しみ(不幸や災難)が生じることになります。
誰しもが幸福を願い、そのために一生懸命に努力しますが、この真理がわからない限り、病気も、貧苦も、争いごとも、一切の悩み苦しみも真に解決することはできないのです。

真に幸福になる方法

なぜ、あなたに苦しみや不幸が起きるのか。その真理を知ったなら、もう救われたのも同然です。あとは、魂の曇りを減らせば良いのです。それが開運の絶対条件なのであります。
通常、魂の曇りは、痛み苦しみを伴う浄化作用によって自然に減るのを待つしかありません。しかしここに、浄化作用に苦しむことなく、魂の曇りを直接取り去る方法があるのです。それが「神癒の業」なのです。

神癒の業は、神様の光を魂に浴びることで、曇りそのものを減らしていきます。大きな曇りは小さくなり、小さな曇りは消えてなくなります。だから、大難は小難に、小難は無難になるのです。魂が清らかになれば、運命は良くなり、健康と幸せに恵まれるようになるのです。
また、私たち人間にとっての幸せは、自分一人だけで成り立つものではありません。神様や自然、まわりの人たちに感謝をもって接し、善行に励むことが人間として本来あるべき生き方ではないでしょうか。自分が辛くて苦しいときは、なかなかその気持ちの余裕はないかも知れません。しかし、他者の幸せを祈り、人を助けることは善徳となり、魂も清まるので結果として自分のためになるのです。
神癒の業との出会いが、人を幸せにしながら自分も幸せになる、真に幸福になる生き方のきっかけとなることを願っています。